ダイヤモンド半導体の基板生産技術とその用途
ダイヤモンドはパワーデバイスや極限環境用途のデバイスに適した材料物性を持っていますが、大量生産の難しさから未だ実用化には至っていません。しかし、当社を含め、多くの研究機関がダイヤモンド基板生産に関する技術開発を進めたことで、この状況が変わってきました。
本稿では、ダイヤモンド半導体基板の生産技術や将来期待されるダイヤモンド半導体の応用分野を紹介します。
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ダイヤモンド半導体の優れた物性
ダイヤモンドは「究極のパワー半導体材料」と言われるほど、幾つもの優れた物性を持っています。例えば以下のようなものです。
- バンドギャップが大きいため、絶縁破壊電界強度が高い
- 移動度が高く、電力損失が少ない
- 高温環境下や放射線環境下でも動作する
バンドギャップや移動度について詳しくはパワー半導体の記事で取り扱いました。こちらもご参照ください。
応用分野
このような特徴を持つことから、ダイヤモンド半導体はパワーデバイスをはじめ、極限環境で動作する機器の制御装置として応用が期待されます。
通信衛星
ダイヤモンド半導体の応用分野として例に挙がるのが通信衛星です。
地上と電波をやり取りする通信衛星は高周波・高出力が必要であるため、これまでは真空管が用いられてきました。しかし、真空管はエネルギーロスが大きい上に巨大で、非効率な運用にならざるを得ません。
対するダイヤモンド半導体は、小型でありながら通信衛星が扱う周波数・出力に耐え、高効率な信号増幅が実現できます。また、熱や宇宙線などにも強く、安定した動作が可能です。
この分野では通信衛星を保有するNTTが早くから研究を進めてきましたが、当社でも宇宙ステーションにおける長期暴露実験を行い、着実に実用化へ近づいています。
放射線センサー
2011年3月に発生した東日本大震災に伴い、東京電力福島第一原子力発電所で放射性物質が漏れ出す事故が起きました。事故後の原発周辺では放射線によってセンサー類が劣化し、電子機器が上手く機能しないため、現在も廃炉は終わらず、原発は封鎖されたままとなっています。
こうした状況を受け、北大や産総研の技術を結集して2022年に創業した大熊ダイヤモンドデバイスは、ダイヤモンド半導体を廃炉に応用しようと技術開発を進めています。 ダイヤモンド半導体デバイスは高温(~300℃)下や、強い放射線(~300MGy)存在下でも動作し、過酷環境下でも使用可能です。
量子コンピュータ
量子コンピュータは特定の計算を桁違いに速く実行できる計算機です。既に理研などが開発に成功していますが、現存するものは不安定かつ小規模のものしかありません。実用化に向けた課題はいくつもありますが、そのうちの1つは高精度に制御できる量子ビットが存在しないことです。
従来の量子ビットは量子状態を長く維持できなかったり、アクセスが難しかったりという課題がありました。これに対し、横浜国立大学、小坂教授らの研究グループはダイヤモンドを利用することで制御が容易な量子ビットの実現を目指し、研究を行っています。
量子ビットとして用いられるのは「ダイヤモンドNVセンター」と呼ばれる格子欠陥です。ダイヤモンドの炭素原子を窒素原子に置き換えると格子欠陥が生じますが、この格子欠陥に捉えられたスピンは量子状態を長時間維持することが知られています。
研究グループでは、「操作したいNVセンターを選択するために光を使用し、量子制御自体は信頼性の高いマイクロ波およびラジオ波で行う」という新しい手法(光アドレス量子ゲート)を考案、これにより高空間分解能かつ忠実度の高いスピン制御が行えることを実験で実証しました。
課題となる大口径ダイヤモンド基板の製作
これまで、研究用途のダイヤモンドには高温高圧環境下で合成した人口ダイヤモンドが用いられてきました。1週間以上の時間を掛けて炭素をゆっくりと合成することで半導体用途にも使える高品質なダイヤモンドの作製が可能です。
しかし、ダイヤモンド半導体の実用化に向けては、大量のダイヤモンド半導体デバイスが必要であり、そのためには今より大きなサイズのダイヤモンド基板が求められます。
エピタキシャル成長
大面積ダイヤモンド基板の作製に欠かせないのがエピタキシャル成長と呼ばれる結晶成長技術です。エピタキシャル成長は基板となる結晶の上に所望の結晶を成長させていきます。
一例として、エピタキシャル成長の1つである化学気相成長(CVD)法では、原料の混合気体を基板に吹き付けて成長させる方法で、GaN薄膜の作製などに用いられます。
他にも、分子線エピタキシー(MBE)法は高真空下に置いた基板にビーム状の分子線を当て、物理的に材料を吸着させる方法です。
ダイヤモンドはCVD法の中でも電離したガスを用いるプラズマCDV法で作成することができます。
ヘテロエピタキシャル成長
エピタキシャル成長は基板に用いる材料によって2種類に分類されます。基板とその上に作製する薄膜が同じ物質である場合がホモエピタキシャル成長、異なる場合がヘテロエピタキシャル成長です。
大面積の基板を作製する為には、大面積の下地基板が必要ですが、ダイヤモンドの場合、大面積下地基板を用意することがそもそも難しいため、ホモエピタキシャル成長で大面積基板を作ることができません。一方で、ヘテロエピタキシャル成長では下地基板が大きければ、理論的には同じサイズのダイヤモンドが作れます。
しかし、ヘテロエピタキシャル成長の難しさは基板とその上に成長させる薄膜との整合性です。結晶が成長する際、下地となる基板の結晶の影響を強く受けるため、単に材料を載せるだけでは強い歪が発生し、綺麗な結晶が得られません。
過去には、GaNの結晶成長でもこの歪みが問題となりました。GaNのヘテロエピタキシャル成長にはサファイア基板が用いられますが、サファイアはGaNと格子定数が大きく異なる物質です。
ノーベル賞を受賞した赤﨑勇博士は基板の上にバッファー層と呼ばれるクッションを導入することで、歪みを緩和し、GaNのヘテロエピタキシャル成長に成功しました。
ダイヤモンドのヘテロエピタキシャル成長を行う場合にも、何らかの方法でヘテロエピタキシャル成長の歪みを回避しなければなりません。
さらに、物には熱すれば膨張し、冷やせば収縮する特性があり、伸び縮みの大きさは物質ごとに異なり、その大きさは熱膨張係数といいます。ダイヤモンドと下地基板の熱膨張係数の差に起因する歪みも生じます。
Orbrayの結晶成長技術
当社は高純度の大面積ダイヤモンド基板を作製するため、長年研究開発を行ってきました。
2014年9月には、「マイクロニードル法」というダイヤモンド製造技術について特許出願を行っています。この方法は、イリジウム/サファイア基板上に剣山のような細長いダイヤモンド柱を幾つも形成し、そこからダイヤモンドを成長させて1つの大きな基板とする技術です。この方法により、直径1インチ基板の作製に成功しました。
しかし、当該手法は工程が複雑で高コストという課題が残ります。そこで、2021年には「ステップフロー法」という新たな成長技術を開発しました。
このステップフロー法は、サファイア基板をやや傾斜させて結晶成長を行うことでダイヤモンド薄膜に掛かる応力を低減し、欠陥の少ないダイヤモンド基板を作製する方法です。当社では、この方法を用いることで2インチのダイヤモンド基板を作製することに成功し、かつ従来法よりコストを抑えることに成功しました。
表面研磨技術
シリコンなどの半導体基板上にデバイスを作製するためには、基板表面を平滑に研磨し、更にコロイダルシリカによりCMPで仕上げる技術が確立されています。しかし、ダイヤモンドはそれ以上硬い物質が存在しないため、単純な表面研磨ができません。当社では長年培ってきたダイヤモンドの加工技術で原子レベルの平滑面が実現できます。また、CMPに関しても従来工法では加工できない為、当社独自の工法を開発しています。
CMP(Chemical Mechanical Planarization)では、研磨用スラリーに含まれる化学物質の作用によって対象を溶解、または軟化させつつ表面研磨を行います。
まとめ|高品質なダイヤモンド半導体には結晶成長と研磨技術が必要
通信衛星、原発廃炉装置、量子コンピュータなど、ダイヤモンド半導体は様々な応用が期待されていますが、ダイヤモンド基板の高品質化、大面積化には多くの困難があります。
当社も長年にわたって高品質なダイヤモンド基板作製技術を磨き続けてきましたが、こうした努力の成果として、ようやく実用化が目前に迫ってきました。当社ではこれからも、ダイヤモンド半導体の基板生産に貢献していきます。