Orbray株式会社(旧アダマンド並木精密宝石)ブログ。技術のトレンド、製品のワンポイント、SDGsなどについて紹介していきます。

ダイヤモンドの拓く未来

ダイヤモンドの拓く未来
   最終更新日:    公開日: 2021/05

ダイヤモンドは物質中最高の硬さやキラキラした輝きをもたらす高い屈折率以外にも、たくさんの優れた特性を持つ材料の王様です。これらの特性を活かして工具やレコード針などの音響部品、放熱部材など幅広い分野で利用されています。さらに、今後ダイヤモンドの半導体デバイス応用の研究が進めば、我々の未来を豊かにする革新的なデバイスになることが期待されています。

今回は移動体通信に必要不可欠な携帯基地局や衛星通信に革新をもたらすダイヤモンド半導体パワーデバイスと、量子コンピュータ※1や高感度量子磁気センサー※2などの量子デバイスの応用が期待されているダイヤモンドNVセンターについてご紹介します。

ダイヤモンド半導体パワーデバイス

現在ダイヤモンドを用いた半導体パワーデバイス※3の研究が世界中で進められています。パワーデバイスは電力を制御するための電子部品で、携帯電話や自動車など身近なものから変電所まで私たちの暮らしを支えています。既にパワーデバイス用次世代半導体材料としては、ノーベル賞を取った青色LED※4に用いられている窒化ガリウム※5や山手線の電力制御用インバーター※6に採用されているSiC※7などが先行して実用化されていますが、ダイヤモンド半導体パワーデバイスはこられを凌駕する特性持つことが理論的に予測されています。例えば、下の図は各種半導体材料を用いて得られるデバイス特性値と、各種アプリケーションが要求するデバイス特性を表しています。極めて高い出力電力と高速動作が要求される放送地上局や通信衛星やレーダーには未だ真空管アンプ※8が搭載されていて、材料の王様であるダイヤモンドのみが真空管を半導体デバイスに置き換えることができると期待されています。真空管を半導体に置き換えることで省電力化、ひいては小型軽量化にもつながります。

各種半導体材料のデバイス特性と通信向けアプリケーションが要求するデバイス特性

2021年4月20日に佐賀大学の嘉数誠教授が新動作原理に基づくダイヤモンド半導体パワーデバイスを作製し、世界最高水準の出力電力、および高電圧動作可能なトランジスタ※9の実現に成功したと報道発表しました※10。これはダイヤモンドの半導体としての優れた特性を理論限界近くまで引き出すことに成功した偉大な一歩であると言えます。

佐賀大学嘉数教授が作製した直径1インチ(25.4mm)のダイヤモンドトランジスタ
高電圧動作試験結果
高電流密度動作試験結果

この結果がどれくらい優れているかというと、左上の写真に写っている直径1インチ(25.4mm)のダイヤモンド基板1.5個分の面積に作ったトランジスタがコントロールできる電力量は一般家庭30万世帯分です。30万世帯と言われてもぱっと想像できませんが、これは佐賀大学のある佐賀県全域の世帯数に相当するそうです。

ダイヤモンド量子デバイス

もう一つのトピックスはダイヤモンドのNVセンターを利用した量子技術応用です。ダイヤモンドNVセンターとは下の図に示す炭素が抜けてできた空孔(V)と窒素(N)の対からなるもので、独立した電子スピン(NV-)を持ちます。このNV-が原子レベルの微小な磁石(電子スピン※11)を形成します。

ダイヤモンドNVセンター

ダイヤモンド以外の材料でも同じような電子スピンを作ることはできるのですが、この電子スピンの向きが室温で安定的に存在できず、産業応用に最も近いのはダイヤモンドNVセンターと言われています。この特性を利用して超高空間分解・超高感度な磁気センサー、量子コンピュータ、またバイオマーカー※12などへの応用が期待されています。

ダイヤモンドNVセンターを利用した非侵襲乳がん検出器
A. Kuwahata et al., Sci. Rep., 10 (2020) 2483.
市販されている超電導を用いた量子コンピュータ
D-WAVE社HPより

このようにダイヤモンドを用いて革新的な半導体デバイスを実現するために、世界中で日夜研究が行われています。次回はダイヤモンド半導体デバイスや量子デバイスを産業化するために必要不可欠な大口径ダイヤモンド基板実現に向けたOrbrayの取り組みについてご紹介します。


用語説明

※1 量子コンピュータ:従来のコンピュータが情報を0か1のどちらかで扱うのに対して,量子コンピュータは0と1の状態を同時に扱うことができ,飛躍的な計算性能の向上が可能です。実現されれば新たな材料開発、エネルギー問題解決、医療技術の高度化に貢献することが期待されています。

※2 高感度量子磁気センサー:分子1個の状態を調べられる高い感度を持ったセンサー。測定対象の磁気の量子状態の変化を捉えることから量子磁気センサーと呼ばれる。

※3 半導体パワーデバイス:半導体デバイスとは半導体材料を用いた電気回路の総称で、電力を制御する半導体デバイスを半導体パワーデバイス、電気を光に、逆に光を電気に変換する半導体デバイスを光半導体デバイス、パソコンのCPUやメモリなど信号を扱う半導体デバイスなどがあります。パワー半導体デバイスの優れた省電力特性を活かして、最近では電気自動車の走行距離を長くするために研究が盛んに報じられています。

※4  LED:発光ダイオード(Light Emitting Diode)の略。電気によって光を発する半導体デバイス。従来の白熱電球や蛍光灯と比べてLEDは長寿命で低消費電力です。青色LEDに関する業績が評価され、赤崎先生、天野先生、中村先生ら3名は2014年にノーベル物理学賞を受賞されました。

※5 窒化ガリウム:窒素(N)とガリウム(Ga)からなる結晶材料。LEDの主要な材料。当社で製造したサファイア基板(商標NAPHIATMhttps://www.ad-na.com/product/jewel/product/sapphire-product.html)上に形成されます。最近では窒化ガリウムはLEDだけではなくパワーデバイスとしてパソコンのAC電源などに用いられています。

※6 電力制御用インバーター:電車に供給される直流電流を電車走行に適切な電圧・周波数を持つ交流電流に変換してモーターの回転速度をコントロールする機器。また、減速時は電力を回生することも可能。適切な電力制御と電力回生が省エネルギー化につながります。

※7  SiC:シリコン(Si)と炭素(C)からなる結晶材料。山手線の電力制御用インバーターに用いられている材料。

※8 真空管アンプ:放送地上局や通信衛星やレーダーなどの無線システムにおける高速・大容量データ送信を行う信号増幅器。1950年代にイギリスで開発され、その高い信頼性から今日でも世界中で採用されています。

※9 トランジスタ:電子回路において、電気信号の増幅またはON/OFFを切り替える半導体パワーデバイス。シリコンやSiC、窒化ガリウム、ダイヤモンドなどを用いて作ることができ、それぞれの材料特性によって扱える電圧、電流やON/OFFの切り替え速度が異なる。

※10 佐賀大学プレスリリース:新動作原理によるダイヤモンド半導体パワーデバイスの作製に成功(2021.4.20  https://www.saga-u.ac.jp/koho/press/2021042021534)

※11 電子スピン:原子の中の電子が自転する性質。電子が自転することで磁気が発生する。身近なところではMRIが人体内部の水分子の電子スピンを検出し、人体内部を可視化します。

※12 バイオマーカー:病気の有無や進行状態、治療に対する有効性などを評価するために、生体情報を数値化した指標。健康診断で調べる腫瘍マーカーもバイオマーカーの1種です。

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