光ファイバ電流センサ
はじめに
電力設備における電流計測は、産業や社会の基盤となる設備の制御や監視を行う上で、常に必要となる基本的な技術である。通常これらの電流計測には、鉄心と導体巻線で構成された電磁誘導を原理とする変流器が用いられているが、小型化や絶縁などいくつかの制約が認識されており、制約のない電流計測技術が求められる。
新しい原理の電流センサとして、ファラデー効果を利用したセンサ技術が1960年代に提案され[1]、研究が進められた。当初はガラスブロックなどバルク型のファラデー素子が用いられたが、その後1980年代に光通信技術が進展すると、光ファイバをファラデー素子に用いた研究が行われるようになった[2]。国内外の機関で継続的に行われた研究開発の成果により光ファイバ電流センサの実用化が進んでいる。当社は複数企業の協働によるセンサ技術の開発に参加し[3]、光通信デバイスの技術をもとにセンサヘッドの開発を担当した。
本稿では光ファイバ電流センサの技術解説を行う。はじめにセンサの基本原理、センサの方式、計測の対象を整理する。次に当社で開発したデバイスを例に取り上げ、その構成、動作、特性を述べ、あわせて特長と要素技術を紹介する。次に、国内外における適用の現状について、当社の方式を含めて述べる。最後に今後の技術課題を述べる。
光ファイバ電流センサの基本原理
光ファイバ電流センサの検出原理であるファラデー効果と、それを利用して電流を計測する原理を説明する。
ファラデー効果
磁界中に置かれた透明媒体に光を通過させると偏波面が回転する。この効果はファラデー効果と呼ばれ、センサの基本原理である[図1]。偏波面の回転角(ファラデー回転角)[rad]は、次式で表される。
θF = VHL (1)
ここに、H:磁界の強さ(光の進行方向成分)[A/m]
L:ファラデー素子の長さ [m]
V:ベルデ定数 [rad/A](媒体の種類と光の波長に依存)
式(1)から、ファラデー回転角は透明媒体に印加された磁界の強さに比例する。従って、この媒体をセンサ素子として用い、何らかの方法によってファラデー回転角を知れば、磁界の発生源である電流の大きさを知ることができる。
センサ素子の種類
- バルク形素子(非磁性体)
上記[図1]ではバルク型素子をセンサ素子としている。具体例にはガラスブロックがあり、研究初期に多くの事例がある[1]。
(2) バルク形素子(強磁性体)
光アイソレータに利用されているガーネット系結晶はベルデ定数が大きいため高感度なセンサを構成できる。一方、下記について考慮が必要となる。
- 強磁性結晶は多磁区構造を有し、磁壁によって透過光は回折する
- 光の伝搬方向と垂直な方向に磁界を印加して単磁区化して利用する場合、磁気複屈折の考慮が必要
(3) 導波路形素子
導波路形素子として光ファイバ形が実用化されており、本稿の対象である。シングルモードの光ファイバに磁界を印加すると、ファイバ中を伝搬する偏光が、磁界の印加に応じて回転するため、光ファイバをファラデー素子として用いることができる。
光ファイバ電流センサの方式
ファラデー回転角を電気信号に変換し、最終的に被測定電流に比例する電気信号出力を得る具体的な方法として、強度変調方式と干渉方式について述べる。
強度変調方式
図 2の光学系の構成で、偏光子に対して45°傾けた検光子(偏光プリズム)を配置する。磁界によってファラデー回転が生じると検光子を透過した光強度(Px, Py)が変化するため、受光素子によりファラデー回転に応じた電気信号に変換できる。
この方式では比較的簡素な構成でデバイスを組み立てることができる一方、直流電流については高精度な計測が困難である。
干渉方式
干渉方式は、光ファイバジャイロに用いられているループ型干渉計を応用している[4]。構成について多く提案されているが、図 3に一例を示しその動作を説明する。
光源を発した光は、光カプラを通過し偏光子で直線偏光となる。光が入射する伝送ファイバは偏波保持形で、偏光子に対して軸を45°傾けており、Slow軸、Fast軸の二つの偏光モードに分かれて伝搬する。この二つの偏光モードは1/4波長板でそれぞれ円偏光に変換されてセンサファイバを伝搬する。センサファイバ端のミラーで折り返す際、偏光モードが交換される(右円偏光→左円偏光、左円→右円)。センサファイバを往復する間に、光は電流が作る磁界によるファラデー効果を受け、二つの偏光モードの間に電流に比例する位相差が生じる。戻ってきた光は再び1/4波長板を透過して入射時と直交する直線偏光に変換され、伝送ファイバ往路をSlow軸で伝搬した成分は復路をFast軸で伝搬し、往路Fast軸成分は復路Slow軸を伝搬する。二つの偏光モードはファイバ端で干渉したのち偏光子に入射して偏光変化に応じた光強度に変換され、光カプラに通過したのち受光素子(フォトダイオード)により電気信号に変換される。
出力の直線性及び安定性を確保するため、位相変調器と組み合わせた信号処理が行われる。受光器の出力を,中心角周波数ωmの帯域フィルタ及び2ωmの帯域フィルタに通し、両者のレベルの比を求める方法(位相敏感検波)などが用いられる。
干渉方式では、光路に位相変調器を挿入することで、受光強度の変化とファラデー効果による位相の変化を区別し補償している。
開発事例
ここでは開発の例として、当社が関わった、強度変調方式センサを紹介する[3]。
構成および動作
図 4にその構成を示す。1550nm広帯域光源から伝送用シングルモードファイバを経由し、偏/検光子・光学バイアス部(以下「光学部」)に光が送られる。光は偏光子で直線偏光に変えられた後、センサファイバに入射・伝搬し、端部のミラーで反射して光学部に戻る。光学バイアス素子によって直線偏光は45°傾けられており、検光子によって二つの直交する直線偏光に分離される。光がセンサファイバを伝搬する間に電流が誘起する磁界のファラデー効果による偏波面の回転が生じると、2本のビームの強度が回転角に応じて変化する。検光子を透過した二つの光は、信号伝送ファイバとカプラを経由して受光素子で光の強度に比例した電気信号に変換される。この電気信号の変調度を平均処理することで、電流に比例する電圧出力を得る。
要素技術
特性の安定性、構成簡素化、低コスト化の開発課題に対して、達成するために本開発で用いた主要な要素技術を説明する。
低複屈折センサファイバ
通常のSMFで偏光を扱う場合、光弾性による応力の影響を受けやすく、偏光の変化が、ファラデー効果によるものか、光弾性によるものか区別が困難である。本開発では光弾性係数の小さい鉛ガラスを主成分とするセンサ用光ファイバを用いることで、この問題を解決している[5]。
石英系シングルモードファイバの光弾性の影響を抑える方法として光ファイバを捻る手法が知られており、他機関ではスパン光ファイバ(Spun fiber)等が利用されている。
反射型の光学系
偏光に関する別の問題として、ファイバを通過する偏光の方位が、ファイバの曲線の形に依存する現象がある。この問題を解決するため、ファイバ端に鏡を設ける反射型の構造としている。
信号処理
変調度の平均処理を行う信号処理を用いている。この処理により、光源出力及び光部品の光損失の変化や、光学バイアスの温度による変化などを補償している。
小型・安定な光学系
センサヘッドは、小型化で温度変化に対して安定した確度で電流計測できることが望まれる。小型化を実現には偏光子が検光子を兼ねる構成と光学バイアスのために回転角22.5°の磁性ガーネット(往復で45°の光学バイアス)を採用した。
また、センサファイバのベルデ定数は温度依存性(0.01%/K)をもつが、上述の磁性ガーネットの回転角温度依存性を利用して、センサヘッド全体の温度依存性を改善している。
特 性
図 5に、上記の構成による標準モデルの外観を示す。仕様は表 2の通りである。
項目 | 規格 |
定格電流 | 5,000 Arms |
周波数帯域 | 3~10kHz(-3dB) |
使用温度(センサヘッド) | -20~80℃ |
比誤差 | ±0.5%以下 |
センサファイバ長 | 5m以下 |
伝送ファイバ長 | 10km |
特長
光ファイバ電流センサの特長を列挙すると、次の通りとなる。
- 光ファイバにより絶縁確保が容易、鉄心不要、小型
- 取付が容易、柔軟な光ファイバを導体に巻くだけで測定精度を確保できる
(出力は電流のみに比例し、ファイバの曲線形状や導体の位置に依存しない)
- センサヘッドは電磁雑音の影響を受けにくく、また長距離信号伝送が容易
- 磁気飽和による出力歪みが無く、電力系統事故時の大電流の検出に適する
- 応答の高速化が可能で、測定対象の回路に対してセンサ取付けによる電気的な影響はほぼ無視できる
適用例
3.4[開発事例 特長]に着目した、いくつかの事例について紹介する。
電力設備の事故区間判定/事故点標定
(1) 地中送電線用事故区間判定装置
地中送電線を含む電力系統に事故が発生した場合に、その事故が地中送電線の範囲かどうかを判定する事故「区間判定」装置が開発された[6]。装置は、ケーブルの両端にセンサを取付け、事故時の3相合成電流(零相電流)を検出し、両センサが検出した電流値の差から事故区間を判定する。装置は国内の66kV地中送電線に実用化されている。同様のアルゴリズムによる空気絶縁変電設備用の装置も開発され、実用化されている[7]。
(2) サージ電流受信方式事故点標定装置
地中送電線の事故点の位置を特定することを目的として、事故「点」標定装置が開発されている[6]。ケーブルの各相両端に装置を取り付け、事故発生時、事故点から到着するサージ電流を両センサが検出し、サージ電流の到着時刻の差から、事故点を求める。装置は国内の275kV地中送電線に実用化されている。
パワーエレクトロニクス機器の電流計測
- パワー半導体の計測(広帯域対応)
インバータなどパワーエレクトロニクス機器の性能を評価するうえで広帯域の電流計測が必要とされる。測定対象の基板は狭隘で強い電磁雑音が存在する。また、対象電流への計測による干渉を極小にする要求もある。開発したセンサは3.4[開発事例 特長]に述べた特長から、この分野の電流計測に適しており、自動車用インバータの試験に適用した事例[8]が報告されている。
- 変電機器の高次高調波計測
変電所構内にパワーエレクトロニクス機器を設置する場合には、高調波の発生の有無やその影響を評価する必要がある。対象となった鉄道用変電設備において9kHzまでの高次高調波を連続解析する装置の適用がなされた[9]。
保護継電器用
保護継電システムとは、電力設備に事故が起きたときに事故の発生と様相を検知し、開閉器を動作させて事故の拡大を防ぐシステムである。開発したセンサは、その特長から、保護継電用として適性がある。文献[10]には、保護継電用として組立てた本方式センサの試験が行なわれ、良好な結果が得られたことが報告されている。
国内外の動向
国内外の機関で行われている光ファイバ電流センサの開発について、その動向を述べる。
直流用
直流電流の計測を目的とした開発が国内外の機関で行われている。直流電流を安定に計測するためには、経時変化や温度変化を補償する仕組みが必要であることから干渉方式が採用されている。以下に主要な事例を紹介する。
- 直流電力設備への適用
国内の事例として文献[11][12]の報告がある。この事例では、海底ケーブル系統直流設備の保護継電器用装置として実用化されている。国内の別の事例として、文献[13]の報告がある。この事例では、電気鉄道の直流変電設備の保護継電器用として開発され、鉄道用変電所でフィールド試験が行われた。
- 化学プラントへの適用
海外の事例として、文献[14][15]の報告がある。この例では、アルミニウム精錬設備での直流数百kAの大電流を測定する装置として開発され、実用化、製品化されている。
規格について
デジタルインターフェースに関するIEC規格
現代の変電所はデジタル化されており、新しいセンサ(例えばロゴウスキーコイル型電流センサ、光ファイバ電流センサ、光ファイバ電圧センサなど、NCIT: non-conventional instrument transformerという)の特性とよく整合する。デジタル変電所のインターフェースに関するIEC規格(IEC61869)の制定が進められている。このIEC61869規格の制定に関しては、非常に多くの情報があり、状況も複雑である。文献[16]が整理されており参考になる。
OITDA規格
光ファイバ電流センサの取り扱いや評価方法は既存の電流センサとは異なる点が多い。
適切な取り扱いと技術の普及を目的に、光産業技術振興協会により、光ファイバ電流センサの特性評価のための規格が2017年に制定され[17]、Webサイトで公開されている。また、制定された規格をもとに、IECによる国際規格が2019年に制定された[18]。さらに、同じ動機による光ファイバ電圧センサの特性評価のためのOITDA規格も2022年に制定され[19]、このOITDA規格をもとにした光ファイバ電圧センサのIEC規格の制定作業が現在進められている。
今後の課題
最後に、[開発事例]で述べた当社のセンサについて主要な技術課題を述べる。
直流の計測
[直流用]で述べたように、直流電流の計測には干渉方式のセンサが適用されている。今後、太陽光発電や風力発電など、再生可能エネルギー設備の増加とともに、それらに適用するための実用的な直流電流センサの需要が見込まれるが、[開発事例]で紹介したように当社のセンサは直流計測に対応していない。低複屈折センサファイバなどの要素技術を活用し、簡素な構成で実用的な直流用センサの開発を進めたい。
広帯域・低電流領域への適用
既存技術で対応が難しくなりつつある分野として、3.5.2[パワーエレクトロニクス機器の電流計測]で述べたパワー半導体用途が挙げられる。光ファイバ電流センサはこの分野において広帯域、柔軟性、回路への影響が軽微である特長を活かすことができる。一方、現状のセンサは数Aレベルの電流計測には感度が不足しているため、センサファイバのベルデ定数向上や信号対雑音比の向上が課題となる。帯域については信号処理回路およびセンサファイバ中の光の伝搬時間で決まる。例えば100MHzの電流を測定しようとする場合、回路の帯域確保とセンサファイバ長20cm以下が要件となる。
鉛フリー化
本開発のセンサ用光ファイバは低光弾性を実現するため、ガラス組成は酸化鉛をベースとしているが、世界的な環境問題への関心の高まりやRoHS対応から脱鉛化に向けた取り組みが必要とされている。国内の大学において、鉛フリー低光弾性ガラスの研究が行われており[20][21][22]、センサ光ファイバだけでなく、プリズムやレンズ等、偏光を扱う光学素子への適用が期待されている。
まとめ
1960年代から始まった長期に渡る研究開発に著しい進歩があった光通信技術が結びつき、近年光ファイバ電流センサの適用が進むようになった。光ファイバ電流センサは柔軟な光ファイバを電流の流れる導体の周囲に巻くだけで安定して電流を測定できる特長から様々な分野で適用されている。
当社では構築したセンシングデバイスを製品化するとともに、改良を継続し、新しい適用分野の発掘に取り組んでいる。
最後に、当社の取り組みにおいて、元上司の今野良博氏による大きな功績があったことを述べて終わりとしたい。
参考文献
- [1] S. Saito, et al: IEEE J. Quantum Electronics, Vol.QE-3 No.11 p.589, 1967
- [2] 例えば、A. Rapp and H. Harms: Applied Optics, Vol.19 No.22 p.3729, 1980
- [3] 黒澤, 山口, 佐々木 :レーザー研究, Vol.45 No.1, p.10, 2017
- [4] 例えば、J. Blake et al: IEEE Trans. on Power Delivery, Vol.11, No.1, p.116, 1996
- [5] K. Kurosawa and I. Masuda: Proc. 9th Opt. Fiber Sensors Conf., p.415, 1986
- [6] S. Nasukawa, et al: Proc. 7th JICABLE Conf., Session A.5, No. A5.5, 2007
- [7] 板倉,他:高岳レビュー, Vol.50 No.1, p.10, 2005
- [8] K. Torii, et al: Proc. FISITA-2008, No. F2008-06-050, Germany, 2008
- [9] 宮澤:電気現場技術, Vol.46 No.54 p.29, 2006
- [10] 山口,他:東光高岳技報, Vol.1 No.1 p.44, 2014
- [11] 高橋,他:まぐね, Vol.1 No.3, p.118, 2006
- [12] Y. Hirata, et al: 2012 IEEE/PES, T&D Conf., DOI:10.1109/TDC. 2012. 6281570
- [13] 林屋,他:電気学会論文誌C, No.Vol.126 No.6 p.736, 2006
- [14] K. Bohnert and P. Guggenbach: ABB Review Vol.1, 2005, p.7, 2005
- [15] M. Wiestner, et al: Aluminium 2005-1-2
- [16] 電気学会技術報告 No.1475, 2020.3, ISSN 0919-9195
- [17] OITDA規格:光ファイバ電流センサ, OITDA FS 01, 2017
- [18] IEC規格:Electric Current Measurement-Polarimetric Method, IEC61757-4-3, 2019
- [19] OITDA規格:光ファイバ電圧センサ, OITDA FS 02, 2022
- [20] 因, 武部, 森永:日本セラミックス協会学術論文誌, 111巻,1294号, p.426, 2003
- [21] A. Saitoh, et al: Jpn. J. Appl. Phys. 57, 2018
- [22] K. Hayashi et al: Optical Materials, Volume 96, October 2019
「センサイト」WEBジャーナル【2023年3月号】 にも掲載されています。
○光ファイバ電流センサ
―継続的に行われた研究開発の成果により光ファイバ電流センサの実用化―
佐々木 勝 〔Orbray(株)フォトニクス技術本部 デバイス開発部 〕
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