「やる気で挑戦」が匠の技を未来へ繋ぐ。Orbrayが守り続ける“人づくりの真髄”

「切る、削る、磨く」。Orbrayが長年磨き上げてきたこの精密加工技術は、今や光通信や半導体、医療機器といった世界の最先端インフラを支えています。しかし、どれほど機械化が進み、時代が変わろうとも、その技術の核にあるのは、常に「人」の存在でした。
今回お話を伺ったのは、1979年にアルバイトとしてOrbray(当時はアダマンド工業)に入り、製造現場、営業を経て、のちに取締役まで務めた杉村さん。現在は顧問として、45年にわたり会社の成長を見守ってきた一人です。
「技術を継承するというのは、単にマニュアルを渡すことじゃない。自分でやってみて、失敗して、できた喜びを知ること。その積み重ねこそが人を育てるんです」
そう語る杉村さんの歩みから、Orbrayが次の世代へ本気で受け継ごうとしている、匠の技と「挑戦する文化」の物語を紐解きます。
自転車で通ったアルバイト先が、45年の原点になった

杉村さんとOrbrayの出会いは、今から40年以上前、大学3年生の時にまで遡ります。きっかけは、至ってシンプルなものでした。「実家から自転車で10分ちょっと。近かったし、アルバイト募集をしていたから行ってみようかな、と」
当時は、民生用のビデオカメラが爆発的に普及し始めた時代。杉村さんは週に数回、ビデオカメラに使われる水晶の貼り合わせといった組み立て作業に従事しました。「難しい作業じゃなかったけど、とにかく一個でも多く作りたいという活気がありましたね」
大学卒業を控え、そのまま入社を決めた理由も、杉村さんらしいフランクなエピソードが添えられています。「当時、景気が良くてボーナスもいいって話を聞いたし、何より歩いて通える近さが魅力的でね(笑)。社長面接のあと、その日のうちに内定をもらって、日当まで手にしちゃった。恩義もあったし、仕事は何でもいいや、という気持ちで飛び込みました」
当時印象的だったのは、社内に設置されていた「ジャルダン」という保育所の存在です。今でこそ珍しくありませんが、当時としては極めて画期的な取り組みでした。「現場は女性のパートさんが多くてね。シングルマザーの方も多かった。そんな人たちが安心して働けるようにと作られたのがジャルダンでした。子供が皆勤賞をもらえば親の出勤率も上がる。そんな風に、人を大切にしながら、みんなでひとつのものを作り上げる。当時からOrbrayには、そんな温かくて泥臭い、人を育てる空気が流れていました」
「息を止めて、穴を開ける」機械を超える匠の指先
入社後、製造現場で10年ほどのキャリアを積んだ杉村さん。そこで目の当たりにしたのは、まさに「匠」と呼ぶにふさわしい、驚異的な技術の世界でした。
「時計の軸受宝石に使われるような、極小の穴を開ける作業。当時はダイヤモンドのパウダーを鉄板に転がして自社で作った工具を使ってね。水をつけながら、パッて息を止めるぐらい集中して穴を開けていくんです」。
Orbrayの強みは、こうした超精密加工を支える機械や工具の多くを、自分たちで「内製」している点にあります。市販の機械では届かない精度を実現するために、自ら加工機を作り、自分たちでしか扱えない道具を磨き上げる。「他社で断られた難しい注文がうちに回ってくるのは、自社で工具や機械まで作れる技術の蓄積があったからです」
現在、製造現場では自動化が進んでいますが、それでも「人の感覚」でしか到達できない領域が確実に残っています。例えば、髪の毛の太さよりも細い、わずか15ミクロンの線を通す作業や、1ミクロン単位で削り具合を調整する研磨の工程。数値を見ながら機械的に行おうとしても、手間がかかるばかりで、熟練工の「指先の感覚」によるスピードと精度には及びません。
「機械はあくまで手段。最後は、人の指が削った時の感覚や、長年の経験で養われた勘がものを言うんです。レコード針の一体型加工なんて、まさにそう。音がどう伝わるかを理屈ではなく、感覚として持っている熟練した加工技術者にしかできない仕事がある。そういうニッチで、かつ代替不可能な技術こそが、Orbrayの誇りなんです」

「やる気で挑戦」が、人を育てる一番の教科書
杉村さんがインタビューの中で何度も口にした言葉があります。それが、創業当時から受け継がれている社訓の一つ、「やる気で挑戦」です。
技術は、単に先輩から教わるだけで身につくものではありません。杉村さんは、「自分でやってみたい」という意志が、成長の最大のエネルギーになると確信しています。「若い人が『これやっていいですか』と言ってきたとき、俺は一度も反対しなかった。やって挑戦させることが、一番の勉強になるからね」
かつての杉村さん自身も、そうやって育ってきました。大手メーカーから「こんな時計を作りたい」という難題を持ちかけられたとき、ああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返し、ようやく形にしたときの喜び。「お客さんから『よくできたね、ありがとう』と言われる。その達成感が、次への原動力になるんです。アナログ液晶時計の走りを手がけたときも、毎日電話でダメ出しを受けながら、半年間集中的に挑み続けました。できた時は本当に嬉しかったですよ」
若い世代の中には、失敗を恐れるあまり「まずやってみる」ことに慎重になる人もいるのではないでしょうか。しかし、杉村さんはそれを否定するのではなく、挑戦できる「環境づくり」こそが重要だと説きます。
「ただ作業をこなすだけでは、モチベーションは続きません。自分が作っているこの小さな部品が、市場でどう使われ、誰の役に立っているのか。それをちゃんと説明し、理解してもらう。その部品がなくてはならないものだと体感してこそ、やる気が生まれるんです。若手が挑戦し、失敗し、それでも『できた!』という成功体験を積める場所。それが、Orbrayが守り続けてきた伝統なんです」
技術も志も未来へ繋ぐ、中間層というハブの役割
伝統ある技術を未来へ繋ぐことは、決して容易なことではありません。特に、時代の変化と共に価値観が多様化する中で、ベテランの背中を見て覚えろというやり方は、もはや通用しない時期に来ています。
「今はもう、ただの世代論で片付けられる時代じゃない。愛情を持って丁寧に教えて、マニュアル化すべきところはきっちりする。その上で、個々のやる気をどう引き出していくか。そこで重要になるのが、ベテランと若手の間に立つ中間管理職の存在です」と杉村さんは指摘します。
技術継承のハブとなり、新しい風を吹き込む中間層。彼らが「会社をより良くしたい」「世の中のために貢献したい」という思いを持って動くことで、組織全体に活気が生まれます。Orbrayには、そうした志を持つ優秀な社員が、若手にも中堅にもたくさんいると杉村さんは誇らしげに語ります。
「最近は若手とレジェンド級の先輩を組ませる『バディー制度(師弟関係)』も浸透してきました。師匠の技を盗むのではなく、対話を通じて受け継いでいく。そういう新しい繋ぎ方があっていい。秋田の実直な県民性と、挑戦を尊ぶ企業文化。この二つが掛け合わさることで、Orbrayの技術はさらに磨かれていくはずです」

100年先へ、想いを繋ぐということ
学生時代のアルバイトから始まり、45年。杉村さんが歩んできた道は、そのままOrbrayが精密宝石の匠として歩んできた挑戦の歴史そのものでした。
会社が社訓として掲げる「やる気で挑戦」という言葉。それは、単に技術を向上させるためのスローガンではありません。困難な課題に直面しても逃げずに、自らの手で正解を創り出していく。その過程で得られる「喜び」を、次の世代にも味わってほしいという、先人たちからのエールでもあります。
杉村さんが若い世代に託したいのは、特別な精神論ではありません。自分が作っているものが、どこで、誰の役に立っているのかを知ること。そして、失敗を恐れずに「まずやってみる」こと。その先にある「できた」という喜びが、人を育て、Orbrayの技術を未来へつないでいくのです。
秋田・湯沢の地に深く根を下ろし、世界を見据えてものづくりを続けるOrbray。私たちが次の世代へ受け継ごうとしているのは、世界に誇る「匠の技」だけではありません。挑戦し続ける文化、人を大切に育てる風土、そして地域と共に歩む姿勢。そのすべてが、未来へ繋ぐべき価値だと信じています。
「やってみたい」という純粋な気持ち。その一歩を、私たちは全力で応援します。100年先も、その先の未来も、世界を驚かせる製品をここ秋田から。私たちと共に、新しい物語を創り上げる仲間を、心から待っています。
【アナザーストーリー】匠の心をほどく、冬の「三関セリ」

本編では精密加工技術への情熱を語ってくれた杉村さんですが、地元・湯沢の食べ物の話になると、ふっと表情が和らぎます。
「湯沢なら稲庭うどんもおいしいし、きりたんぽもいいけど……やっぱり三関(みつせき)のセリは最高だね」
三関は湯沢工場からもほど近い地域。杉村さんにとって、冬の訪れとともに楽しみになるのが、このセリなのだそうです。
「三関のは根っこがもっと長くて、香りがとにかく強い。あれは世界一だと思うよ」
そう語る杉村さんの熱のこもった“秋田自慢”には、長年この地で働き、暮らしを営んできたからこその深い愛着が滲みます。かつて工場の寮で仲間と賑やかに過ごした若い頃の記憶も、きっとこうした地域の味と共にあったのでしょう。
「匠の技」を支えているのは、こうした四季折々の豊かな食や、地域の人々との温かな繋がりなのかもしれません。
Orbrayという会社が、ただ湯沢に工場を構えるだけでなく、働く一人ひとりの暮らしや日常の記憶の中に、この土地の温度感が深く息づいている。そんな温かな余韻が残り、杉村さんの素顔が垣間見えるエピソードでした。




