職人技がつくりあげる、摩耗しても音が変わらない究極のレコード針

Orbray Future ColumnVol.9

アダマンド並木精密宝石株式会社は、
2023年1月1日から社名をOrbray株式会社に変更しました。

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Orbrayが戦後に手掛け、世界に名をとどろかせるきっかけになった製品はレコード針でした。弊社がレコード針に進出したのは、創業者の並木一が音楽好きだったことに加え、レコード針の先端に使われる小さな宝石の加工に弊社の”切る、削る、磨く”技術を活かせると考えたからです。

弊社のレコード針は世界中のレコードカートリッジメーカーに販売され、オーディオアクセサリーは「ORSONIC」ブランドでマニアの方に愛用されています。

高音質と高信頼性で一世を風靡した「NAMIKI」ブランドは、一時、世界市場の60%を制したこともあり、今でも高級レコード針の市場では高いシェアを誇っています。

人々のくらしと音楽

1950年代、戦後の国家再建にわき目も振らず突き進んでいた日本人が、音楽に耳を傾けるゆとりができ始めた時期でした。人々は高価なステレオやレコードプレーヤーを買い求め、音の良し悪しを決する重要な部品としてレコード針にこだわりました。

1980年代にはCDなどデジタル音源によって取って代わられるかに思われたレコードですが、2010年頃にレコードに再び光が当てられ、コロナ禍によって家で過ごす時間が増えたことによって、音にこだわる人の間に人気が高まってきました。最近では、山下達郎や松任谷由実など70~80年代の日本の音楽が「シティーポップ」とよばれて注目され、これをレコードで聴くのが日本だけでなく海外でも静かなブームになっています。

そしてこのレコードの音を支えるのが、レコードの音溝に直接触れて音を拾うレコード針です。

エジソンから現代へ 進化するレコード針の材質

エジソンが1877年に円筒式蓄音機を発明、その10年後にベルリナーが円盤式蓄音機を発明して以降、レコード盤の技術競争は音溝を細かくし、再生時間を長くすることに焦点が当てられました。初期のレコード針は鉄製でしたが、非常に小さな先端に大きな力が掛かるので、レコード盤1枚ごとに針を取り替えなければならないほどすぐに摩耗してしまうものでした。そのため、レコード針にはレコード盤への圧力を和らげるために軽い素材が使われるようになり、サファイアやダイヤモンドが注目されました。そこに宝石の加工で高い技術を持つ弊社が参入しました。現在では、ほとんどがダイヤモンド針になっています。

音が劣化しない究極のレコード針「マイクロリッジ針」

レコード針は材質だけでなく、形状も進化してきました。
レコードが発明された当初、丸かった針先は、レコードのステレオ化により、ダイナミックな音の広がりを情報量豊かに再生トレースするために楕円針が開発されました。

更に4チャンネルレコード(今でいうサラウンド)が発売され、より精度の高い針が必要となり、音溝に線接触するラインコンタクト針が開発されます。丸針・楕円針は、摩耗すると音溝に対する接触面積が大きくなり、複数の音が混じります。それを回避するために、接触幅を狭め、線接触(ラインコンタクト)にすれば良いことがわかりました。しかし、ラインコンタクト針でも摩耗すると次第に接触面積が変わり、音にも影響が出てしまいます。

左から、楕円針、シバタ針(ラインコンタクト針の代表的なモデル)、マイクロリッジ針、丸針

そこで、摩耗しても音が変わらない究極のラインコンタクト針として、「マイクロリッジ針」を開発しました。

マイクロリッジ針は、ウルトラマンの頭のような形をしています。従来の針では実現できなかった微細な振動をピックアップし信号を正確に再生できるようになり音の透明感が非常に良くなりました。

この針の加工は困難を極め、技術者と職人たちはこの形を安定的に生産するために試行錯誤を重ねました。まさにノウハウの結晶です。このマイクロリッジ型の針先は、他社に真似のできない弊社独自のレコード針として評価されています。

硬いダイヤモンドを加工する職人技

当初は、ダイヤモンド原石サイズ0.9mm〜1.4mm程度を主流として、1個のダイヤモンドの結晶から1個の針を製造していましたが、弊社は1975年にいち早くレーザー設備を導入し、常識を覆す加工方法を見出しました。これによって、一個の結晶から複数のレコード針を製作することが可能になり、大革新を成し遂げました。レーザーで切り分けたダイヤモンドは、顕微鏡を見ながら研磨されます。最も硬い物質ですから、研磨するのもダイヤモンドの粉で行います。髪の毛一本分ほどのサイズを加工するので、全ての工程において忍耐を要求される仕事です。

その後、ダイヤモンドの先端部分をより精密に研磨します。この段階で、先端部分を丸型や楕円型、マイクロリッジ型などに整えていきます。

各針形状に仕上げた針を、カンチレバー材(ダイヤモンド・ルビー・アルミ・サファイヤア・ジルコニア・ボロン等)に接着剤で固定し、カンチレバー裾部に各パーツ等を(アッセンブリー)て完成します。弊社はこのアッセンブリーまでの一貫した工程に対応していますが、針単体での供給も行っています。

弊社ではこれまで、レコード針の加工を長い経験を持つ腕のある職人たちに委ねてきました。しかし、職人を育てるには時間が掛かります。製品への需要が再燃する中、早期に生産体制を強化するため、弊社は熟練職人の技術を工程の分業化によって実現することにしました。職人の育成というと数十年の修業が必要で、今の若い人には、難しそうに思えるかもしれませんが、分業化とマニュアル化により、経験の浅い若い人にも作業が出来るようにしています。もちろん、作業内容によっては一人前の加工ができるようになるまでに一年以上かかるものもあります。また、そもそも適性が必要で、訓練すれば誰でも必ずできるようになるとは限りません。今、長年レコード針一筋の職人たちが、若者たちの指導を行いながら一緒にものづくりを行っています。

レコード針の新たなチャレンジ

技術的に成熟したと言われているレコード針ですが、最近、新たなチャレンジが生まれています。従来のレコード針は、カンチレバーにダイヤモンドで作った針を接着剤で固定していました。しかし、このやり方だとどうしても接着部分で音が減衰してしまいます。そこで弊社はカンチレバーと針先を一体化することによって飛躍的に音質を高めました。但し、この一体型針の加工の複雑さは言葉では言い尽くせません。

苦心惨たんして作り上げた一体型のレコード針は奇跡の音質を実現しました。弊社のレコード針加工のマエストロマイスターですら、この針の加工は非常に緊張を強いられる難しい加工だとし、この加工ができるのは恐らく弊社だけだと自負しています。

弊社がレコード針を作り続けてきたことによって、アナログレコードという文化の火を消さず、令和の時代にブームの再燃を迎えられたことに少しでも貢献できたとすれば大変光栄に思います。そのように考えると、レコード事業は、一企業の一事業を超え、一つの文化貢献事業とも捉えることができ、未来へ技術を繋いでいくことに強い使命感を覚えます。高品質な針の供給によって、世界中の皆様に暖かいアナログレコードの音を届け続けられるよう、今後も私たちのチャレンジは続きます。

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