新規クラッド固化プロセスによる低損失全固体自己形成光導波路の作製に成功〜光通信部品の簡易低損失実装に期待〜
【発表のポイント】
・光通信部品の自動光接続が可能な自己形成光導波路で、新規クラッド固化プロセスを提案・実証した。
・提案技術により、低損失の全固体自己形成光導波路が実現できた。
・対向する光ファイバ間の低損失全固体自己形成光接続に成功した。
・シリコンフォトニクスと光ファイバ間の全固体自己形成光接続を実証した。
研究概要
Orbray株式会社(本社:東京都足立区、代表取締役社長 並木里也子、以下「Orbray」)は、宇都宮大学の寺澤英孝研究員、近藤圭祐助教、杉原興浩教授の研究グループとの共同研究で、クラッドを固化する新規プロセスを開発して低損失な全固体自動光接続を実現しました。
自己形成光導波路は、光通信部品やシリコンフォトニクス注1部品間の簡易調心であるパッシブアライメント注2を実現する有望な技術として期待されています。これまでクラッドを固化させる方法において、サンプル上部から紫外光を照射する方法が提案されておりましたが、シリコンのような細線導波路注3の光接続では、自己形成光導波路コア周囲の樹脂の不均一硬化収縮注4によってコアに不均一な応力が発生し、損失が増大するという問題がありました。
本研究では、上記の課題を解決するために、全固体自己形成光導波路を作製するための先進的な光伝搬型選択重合プロセスを提案・実証しました。クラッド固化は、光ファイバ中の短波長光の伝搬によって達成されます。本技術の適用により、対向させた光ファイバ間の全固体自己形成自動光接続に成功し、波長1550 nmにおいて1.0 dB未満の低挿入損失注5が測定されました。さらに、シリコンフォトニクスの自動光接続を達成するために、このプロセスが適用可能であることを実証しました。本研究成果により、シリコンフォトニクスやマルチコアファイバなどの将来の大容量光通信部品間の簡易実装技術の実現と、それによる実装コストの低減が期待されます。
本研究成果は、2024年3月6日付で学術誌「Optics & Laser Technology」に掲載されました(オンライン版で先行公開されました)。
研究の背景
将来の情報通信で普及が期待されるシリコンフォトニクスにとって重要な課題は、光部品(シリコン導波路、光ファイバなど)のアライメントにあります。シリコン導波路のコアサイズはサブミクロンオーダであるため、光ファイバや光源のアライメントには、精密な調心を行うアクティブアライメントを用いて実施されております。これまでスポットサイズ変換器など、アライメント誤差や結合効率を向上させる技術が提案されておりますが、光ファイバ/光源と、このような結合を採用したシリコン導波路との間にはアクティブアライメントや正確な位置合わせが必要です。
本研究では、近赤外自己形成光導波路技術を利用した革新的な低損失パッシブアライメントプロセスを紹介します。この技術は、光硬化性樹脂に光部品から発せられる光を照射することで、自己成長するポリマー光導波路の作製を可能にします。自己形成光導波路技術に宇都宮大学・Orbrayで開発した近赤外光硬化性樹脂を使用することで、パッシブアライメントを行い、シリコン導波路と光ファイバ間を自動光接続できております。
自己形成光導波路のシリコンフォトニクスデバイスへの実用化のためには、固体クラッドが不可欠となります。これまで溶液置換法、選択重合法など、固体クラッド形成プロセスが報告されてきました。溶液置換法は、コア作製後に周囲の未硬化樹脂を溶媒で除去し、クラッド材を充填します。しかし、このプロセスは、洗浄時に自己形成光導波路コアに大きなダメージを与える懸念があるため、細線デバイス適用には不向きです。これに対処するため、選択重合法が提案されています。この方法は、屈折率と重合メカニズムの異なる2種類の光硬化性樹脂を利用し、コアとクラッドは異なる波長の光源を用いて作製されます。クラッド固化では、混合した光硬化性樹脂溶液に上部から紫外(UV)光を照射します。しかし、この光照射によってコアの周囲で不均一な硬化収縮が生じ、コアに不均一な応力がかかるため、固化後に過剰な損失が発生します。
本研究では、低損失の全固体自己形成光導波路を実証するために、光伝搬型選択重合法を提案・実施しました。波長405 nmにおける本重合法の実験結果から、コアとクラッドの両方を作製することができました。新規開発した光伝搬型選択重合法の挿入損失測定の結果、クラッド固化後の損失は1.0 dB注6未満でありました。さらに、この方法がシリコンフォトニクスの自己形成自動光接続に適用できることを実証しました。
研究成果
提案する光伝搬型選択重合法の概念を図1に示します。全固体自己形成光導波路の作製には、コア径8.2 μm、クラッド径125 μmの標準光ファイバを用いました。1対の光ファイバを100 μmのギャップを持つV溝付き基板上に配置しました。実験材料は2種類の光硬化性樹脂混合溶液からなり、それぞれ異なる重合経路をたどり、異なる屈折率を有しています。樹脂Aは樹脂Bより屈折率が低く、近赤外および紫光(UV光も使用、以下短波長光)で固化させることができます。樹脂Bは短波長光で固化させることができます。
図1(a)では、対向する1対のファイバを用いて短波長光あるいは近赤外光を双方向に照射し、自己形成光導波路コアを形成します。この段階では、樹脂Aが優先的に重合し、樹脂Bがポリマーネットワーク、すなわちコア内に組み込まれております。その後、コア形成時に樹脂Aが消費されたため、自己形成光導波路コアの周囲に樹脂Aと樹脂Bの濃度差が形成されます。樹脂AとBは互いに濃度差を緩和させるように反対方向に拡散します(図1(b))。拡散が発生すると、コア周辺に樹脂Aが過剰に存在する瞬間があり、そのときコア周囲は低屈折率になります。この拡散時間は120秒で行いました。
次のステップ(図1(c))では、光ファイバの片側から短波長レーザ光を照射し、過剰になった樹脂Aを導波路漏れ光によって固化させ、クラッドを形成します。このとき、コア組み込まれている樹脂Bの固化がより進行して高屈折率になります。結果として、コアは樹脂Aと樹脂Bの混合物から高屈折率に、クラッドは過剰な樹脂Aによって低屈折率になります。クラッド形成プロセスの後に、未硬化の樹脂を洗浄します(図1(d))。 表1 に、本研究で使用した光伝搬型選択重合法と従来法の概要を示します。
光伝搬型選択重合法を検証するために、波長405 nmのレーザ光を用いて全固体自己形成光導波路を作製しました。実験では、樹脂A1と樹脂B1を混合させて用いました。自己形成光導波路コアは、対向させた光ファイバから405 nmのレーザ光を双方向伝搬させることにより形成しました。自己形成光導波路クラッドの作製は 405 nm のレーザ光伝搬を用いました。一方従来法は、試料全体をUV水銀ランプで露光してクラッドを固化しました。
表1 本研究にて使用した樹脂と光源の波長
方法 | 高屈折率樹脂B | 高屈折率樹脂A | 光源波長 | |
---|---|---|---|---|
コア形成 | クラッド形成 | |||
光伝搬型選択重合法 | B1 | A1 | 405nm | 405nm |
B2 | A2 | 1310nm | 380nm | |
従来法 | B1 | A1 | 405nm | UV水銀ランプ |
図2 は、コアとクラッドの固化に 波長405 nm のレーザを使用し、1対の 光ファイバ間に 全固体自己形成光導波路を作製した画像を示しております。コアを形成した(a)の状態に比べて、クラッドも固化させた(b)の状態がより強固になっていることがわかります。
405 nm光を使用した光伝搬型選択重合法で作製した自己形成光導波路の、波長 1550 nmにおける挿入損失は、コア形成後で0.9 dB、クラッドの固化および洗浄プロセスを行うと0.4 dBでありました。一方、従来方法での挿入損失は、コア形成後で0.6 dB、クラッド形成後で2.7 dBでありました。従来型のサンプルの上部からUV光照射した場合、挿入損失が2.1 dB増加しました。これらの結果は、新規提案方法が従来の方法と比較して低損失であることを示しています。この低損失は、コアの周囲を均一に固化させた結果、硬化収縮によるコアへの応力が均一になり、コアの歪みが最小限に抑えられたことに起因します。
本提案の光伝搬型選択重合法の効果が明らかになったので、次に近赤外光硬化性樹脂を用いて自己形成光導波路を1対の光ファイバ間に作製しました。波長1310 nmのレーザを用いて、自己形成光導波路コアを、波長380 nmの光伝搬でクラッドを固化しました。
自己形成光導波路コア形成後、挿入損失は0.8 dBでした。クラッドの固化および洗浄プロセスを行うと、挿入損失は0.7 dBまで減少しました。これらの結果は、挿入損失1.0 dB未満の低損失全固体自己形成光導波路を実現する上で、本重合法の有効性を浮き彫りにするものです。全固体自己形成光導波路作製の総時間は約4〜5分であり、本光伝搬型重合法が短タクトタイムプロセスであることを示しています。
この技術は、シリコン導波路と光ファイバとの接続のようなシリコンフォトニクスの自動光接続に展開することができます。自己形成光導波路コアは、近赤外レーザをシリコン導波路と光ファイバから双方向照射しました。自己形成光導波路コア形成後、拡散を行い、短波長光を光ファイバ側からコアへ光伝搬させてクラッド固化させました。図3は、(a) 自己形成光導波路コア、(b) 残留モノマ洗浄後の全固体自己形成光接続の顕微鏡像です。提案した新規プロセスにより、シリコン導波路と光ファイバ間の全固体自己形成光接続に成功しました。
今後の展望(研究のインパクトや波及効果など)
本研究では、光伝搬型選択重合法を開発し、全固体自己形成光導波路を実現することに成功しました。1対の光ファイバ間の自動光接続は、1.0 dB未満の挿入損失を示しました。さらに、本プロセスを用いて、シリコン導波路と光ファイバ間の全固体自己形成光接続を実証しました。
マルチチャネル導波路やマルチコアファイバを含む将来の超高速光通信応用を展望すると、自己形成自動光接続は、複数の導波路からのレーザ照射によってポリマー導波路を同時に作製する方法として有望です。コア形成工程とクラッド形成工程では、マルチチャネルから同時に光照射しても全体のタクトタイムは増加しないので、提案した全固体自己形成自動光接続法は、高スループットと自動光接続の点で有利であります。これらの結果は、自己形成光導波路技術が将来の光電融合技術注7で実現されるであろう光ネットワークの接続に関連するコストとタクトタイムの課題に対処する有力解であると期待されます。
なお、本研究の成果は、3月24日~28日(現地時間)に米国で開催される、光通信に関する世界最大のイベント「OFC 2024」のExhibitionにて展示いたします。
論文情報
論文名: Cladding solidification process by fiber guided light: Fabrication of low-loss light-induced self-written optical waveguide
雑誌名: Optics & Laser Technology
著者: Hidetaka Terasawa, Tsuyoshi Namekawa, Keisuke Kondo, and Okihiro Sugihara Digital Object Identifier: 10.1016/j.optlastec.2024.110786
用語説明
注1 シリコンフォトニクス
シリコン電子回路の製造技術と設備を用いて、シリコン光回路を製造する技術。シリコン電子回路で培われてきた微細加工技術を応用しており、シリコン材料を用いた光デバイスの小型化・高集積化・大量生産が可能な技術。
注2 パッシブアライメント
光通信モジュールの組立において、半導体レーザや光ファイバなどの光通信素子間の位置合わせを機械的精度のみで行う位置決め方式。パッシブアライメントの対義語であるアクティブアラ イメントでは、レーザ等を発光させ、出力光強度をモニタしながら位置合わせを行う。
注3 細線導波路
光導波回路において、そのコア径が非常に細い光導波路。特にシリコン光導波路では、コアがシリコン、クラッドが酸化シリコンでその屈折率差が非常に大きく、コア径がサブμm(マイクロは十万分の一メートル)と光デバイスの大幅な小型集積化が実現できる。
注4 挿入損失
光リンクに光デバイスを接続する際に光電力が低減する。入射光電力と出射光電力に差が生じ、この損失を挿入損失という。
注5 硬化収縮
液体から固体に樹脂を硬化する過程において、化学反応により分子が結合することによって発生する体積収縮現象。体積収縮にともない応力が発生し、反りや剥離などの原因となる。
注6 dB(デシベル)
dBは二つの電力比の常用対数の10倍であり、片方を基準電力、他方を対象の電力として、基準電力に対する対象の電力との比を、常用対数を用いて数値化したもの。1.0 dBの損失で、光電力が初期値の79.4%になる。
注7 光電融合技術
従来の電子技術で行っていた計算処理の一部を光技術にシフトさせる技術。光は電気に比べてエネルギー消費が小さく大幅な省電力化を実現すると期待されており、オールフォトニクスネットワークがベースとなる革新的な情報処理基盤の構築をもたらす。
本研究は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)革新的情報通信技術(Beyond 5G(6G)基金事業、JPJ012368C03301)からの支援を受けて行われました。
本件に関する問い合わせ (研究内容について) Orbray株式会社 技術統括本部研究開発本部研究開発二部 菊田 知宏(きくた ともひろ) (報道対応) Orbray株式会社 広報室 TEL:03-3919-0101 |
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